京都市上京区の墓石「芳村屋」では、終活も行っている石材店です。墓石保険もお気軽にご相談下さい。

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京都市上京区にある墓石・石材店、株式会社芳村屋の周辺史跡について~宴の松原跡地に位置する芳村屋で歴史を知る。
華やかな歴史の中心 平安宮
芳村屋は、平安時代に栄えた京の中心地【平安宮】があった場所にございます。この時代の背景として、源氏物語や枕草子といった多くの古典文学や、歌(和歌)や雅楽といった芸術が時代を彩っていました。
平安宮の北側には天皇の居所である内裏があり、その周辺には国家政治を行う重要な役所が建ち並び、政治が執り行われていました。

平安宮の範囲は、北は一条通り、南は二条通り、東は大宮通り、西は御前通りで、東西で約1.5km、南北で約1.4kmあったと言われており、芳村屋はその歴史ある平安宮の跡地内に位置しています。
京都市上京区の石材店、株式会社芳村屋は墓石の販売をはじめ墓石保険などの取扱や、終活セミナーの普及活動を行っております。
「宴の松原」跡地とは?
芳村屋は、平安宮内の【宴の松原】という敷地の跡地内に位置します。
宴(えん)の松原は、饗宴のために用いられた場所であったり、内裏を建て替えるための代地といった説があります。
広い松林が広がる場所で、内裏の西にあり、図書寮・右近衛府に隣接していました。
宴の松原や平安宮のいたる場所では当時鬼が出ていたという話もあり、非常に趣深い場所と知られています。
出水七不思議のお話
上京区の七本松通出水界隈(でみずかいわい)は豊富な名水が湧いていた湧水地であり、酒屋が集中している場所でした。
ここの通りを挟むと寺院の甍(いらか)が並び、そのお寺の数から「西寺町」とも呼ばれたほど。
出水七不思議はこのお寺の境内や寺宝にまつわる言い伝えです。ここではその一部をご紹介します。
◆ その1 応挙の幽霊(玉蔵院) ◆ ◆その2 しぐれの松(華光寺)◆
円山応挙が書いたとされる三幅の遊女の絵が幽霊に見えたという説がある。これは戦後失われてしまい、今では所在が分からなくなっている。 豊臣秀吉手植えの松で、晴れた日でもしずくが落ち、しぐれているように見えたためこの名前がつけられた。現在は根が残り、その他は枯死している。
◆ その3 浮かれ猫(光清寺)◆ ◆その4 寝釈迦(五劫院)◆
弁財天社にこの浮かれ猫の絵馬が掛かっており、夜になると三味線に合わせて踊りだしたと言われている。猫も踊り出すほど三味線がうまくなる、として人気商売にご利益があるという。 小袖門の上のハリの木目が、釈迦の横たわった姿に見えるために名付けられた。
◆ その5 百たたきの門(観音寺) ◆ ◆その6 金谷水の井戸(極楽寺)◆
伏見城の牢獄門であったと伝わっている。門の扉はくぐり戸がきしむ度に百たたきにされた罪人の泣き声が聞こえると言われている。今はくぐり戸が開かないよう釘付けにされている。 金谷水(きんこくすい)を飲むと勝負事に勝つと言われている。豊臣秀吉が茶会でも用いたとされる水で、現在は飲用ができない。
◆ その7 日限薬師(地福寺)◆
日限薬師(ひぎりやくし)は、耳の不自由な人が日を限って祈願すると治ると言われている。お札に穴の空いた石に五色の糸を通して供える。